文/神吉 弘邦 写真/MOTOKO
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『もやしもん』で菌たちを擬人化する話と、連載中の『惑わない星』で惑星を擬人化していることは、作者の石川さんの中ではつながっていますか?
石川さん
はい。『もやしもん』ではいちばん小さな世界を描いたんですが、その最終巻(13巻)で「小さい世界と大きい世界はひとつの世界なんだよ」という話題に持っていったんですね。そうなると「次の作品では大きいほう描かないとな」と思って、その時点で「次は宇宙」と決まっていたんです。
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『惑わない星』では太陽系の惑星が出てくるだけかと思っていたら、恒星や彗星、はてにはブラックホールまで擬人化されて出てきて、今後どのように話が広がっていくか、読者としてすごく楽しみです。
石川さん
あらすじは最終回まで言えます。いつもだいたいの筋道を決めてから連載を始めるんです。『もやしもん』でも「打ち切りバージョン」と「大団円バージョン」を用意していたんですけど(笑)。
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以前から、宇宙に強い興味を持たれていたのでしょうか。
石川さん
いえ、どちらかというと大っ嫌い(笑)。ちっちゃい頃から、いちばん触れたくなかったものだったんです。宇宙って、怖いんですよ。もう怖くて怖くて、なんだか点がいっぱいあるし、もうすごく遠いというし。考えると「うわーっ」ってなるから、なるべく意識しないようにしていたんです。
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宇宙が怖くて嫌いだったのは意外なお話でしたが、それでもやるぞと。
石川さん
夜、道を歩いていて上を見上げたら、宇宙が広がっているじゃないですか。自分の暮らしている世界の半分が、知らないことで埋まっているということです。それがすごく不愉快だったというか、だからこそ「くそー、やるかー!」と思ったのが最初でした。それもどうやら菌からですね。
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やはり『もやしもん』とつながっているんですね。
石川さん
全部で「一個の世界」なんですよ。ゲームみたいに別の世界観じゃなくて、実際に「この世界」に起きていることなのに、深く考えたことなかったので、「じゃあ、やってみよう」と思ったんです。
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菌の世界だと酵素のような働きだとか、菌同士の関係性を人間が利用するという話でした。星のスケールになると、こうした関係性は、星たちの物理法則であったりするんですね。
石川さん
量子論の小ささまでいくと細かいことはいろいろあると思うんですが、宇宙サイズでは菌と星がやっていることは一緒っぽいな、と思うところがかなり多かったんです。
そのうち話にも出てくると思いますが、「インフレーション宇宙論」という理論があります。宇宙は1個じゃなくてマルチバース、つまり他にいっぱいあるんじゃないか、という学説です。
石川さん
そこでは、別の宇宙のでき方も考えられているんですね。例えば「丸い宇宙」を考えるとすると、そこにある特異点が出現して、ポコっと分離するんですよ。それが酵母の分裂にそっくりで。『もやしもん』と『惑わない星』をつなげていけば、すごく説明がしやすいと思いました。
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そういう話も最初に勉強されるんですね。
石川さん
もう一生懸命に本を読むしかありません。最初は全然わからなくて、中学、高校の基礎物理の本を2周したんですが、やっぱりダメでした。特に量子力学はダメです。もうどんどん変な方向に行っちゃって「やばい、戻れない」と思います。
でも物語としてはかなり面白いんですよ。例えば『スピン』という現象があるんですけど、宇宙の端と端で情報が一緒というのが、実は「すごい距離でスピンしてるんじゃないのか」みたいな説。もう「そんなバカな!」みたいな。
だからタイムトラベルができるかもしれない、という話や、テレポーテーション(転送)ができるという話も、思いつくのかもしれませんね!
石川さん
完全に科学の本で言っていることが漫画なんですよ(笑)。逆に、作品で使えると思ったんです。
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ちなみに、この作品の読者はどんな人たちなんですか。
石川さん
科学をやっている人にとって、『惑わない星』はわかりきっていることを描いているそうです。でも、理科が大嫌いな人にとっては基礎の物理の話であっても小難しいらしくて。誰を狙って描いているのかわかんなくなってきて、悩みます。どこまで出して、どこで黙るか、みたいなラインを引くのがとても難しい。
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こないだは惑星の総選挙(人気投票)もやっていましたよね。
石川さん
あれは早すぎたんです。まだ登場していない星もいましたから(笑)。
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ちなみに先生の推し星(好きな星)はなんですか?
石川さん
いやぁ、やっぱり全部です。
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(笑)。それぞれの星の性格みたいなものがありますよね。あれはどうやって決めているんでしょう。
石川さん
うーん。菌のときもそうなんですけど、なるべく人間に観測された見た目の特徴を重視しようとは思っていました。性格については、ほぼ後追いというか、わからないことだらけですから。
天王星や海王星に至っては、まだ人類は遠くから見ただけなので、想像で自由にやれるんです。だから、新しいことが発見されてほしくなくて、今の知識で止めてほしい。もう「NASAは潰れろ」と内心思っているんです。冗談ですけどね(笑)。
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舞台となる未来の地球には「内の世界」と「外の世界」がありますよね。印象的だったシーンは食べ物が違っていた場面です。内の世界にいる人は、ペースト状の工業製品を食べている。でも、外の世界では「これが本当の肉だ」というものが出てきました。「ああ、この物語でも食べ物の話をされるんだ」って。
石川さん
今の私たちの料理が1000年後のテレビ番組で紹介されるとします。「1000年前の人が食べていた『マカロニグラタン』という謎のレシピが見つかった。どうやら穀物と獣の乳を用意して、それぞれいろんな工程を経たものを再集合させて、それに獣の肉であったり、木の実や香辛料などを入れて、火によって歯ごたえを変えている。もともとは獣の乳と穀物だよ。気持ち悪いね」っていうふうに言われるかなと思って。
そういえば、なんでマカロニにしたりソースにしたりチーズにしたりする必要があったのかっていうと、結局そっちのほうが美味しいからなのかなと。牛乳と穀物フレークでも栄養素は同じなんだから、未来の人には奇妙に見えるのかもなぁ、と思いました。材料を調理する手間をムダって言い出したらそこまでなんですけども。
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料理はもう、ありとあらゆる酵素反応を使いますよね。美味しさもありますが、栄養の吸収しやすさとか別の理由もあるんでしょうか。
石川さん
案外、それは後付けな気もするんですよ。いちばんは「旨いから」のような気がして。あとは保存がきくからとか?
例えば、生き物にとって吸収しやすくて栄養があるものを、おいしいって感じるようになったとかもあるかもしれないですし。ただ、どっちが先かって難しいですよね。
石川さん
そうですよね。ドングリを食べたらお腹が痛くなったけど、煮てみたら旨かったとか。「どうしてかな」と考えるのは、食の歴史でだいぶ後なのかもしれないです。
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『惑わない星』という作品タイトルは、「惑星」の語源から来ているんですよね。古代の人は「この星たちは、なぜこんな不可思議な動きをするのか。惑う星と名づけよう」と。
石川さん
そうなんです。星の側は全然、戸惑っていないっていうところからこのタイトルになりました。惑星は法則通りに動いていて、むしろ戸惑ったのは観測した人間なんです。
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先ほどの『もやしもん』の世界で「別に微生物は悪いことを考えていない」という話にもつながりました。
石川さん
まさしくそうで、星は何億年前からそこにあって、その動きを繰り返してしているだけ。酵素だってそうですよね。それは人間が見つけたから新発見なだけで、酵素くんから言わせれば「いや、前からそうですけど」って感じなのかもしれないですから。
ほんとにそうですね(笑)。世界全体で言うと、人間は年間に数百近い酵素を見つけ続けています。人間は「自分たちにできないことをしてくれる酵素」を探して、それぞれの微生物をいろんな方法でくまなく調査しているんです。そして人間にとってそれは新発見でも、僕たちはその営みをもくもくと太古から続けているんです。
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宇宙でも、これから新しい酵素が見つかるもしれません。
人間が「住めっこない」と思ったところに生きている微生物は、それに相当する酵素を持っているはずです。例えば、成層圏でも微生物が見つかっているんです。それは地球から舞い上がったものですが、放射線に対する耐性がありました。そしてさらに成層圏から、どんどん宇宙に近いところを探していき、「ここならもう地球からは来ないから、隕石など外からの生命の種を見つけたことになる」といった地球外生命探査の研究をしているんですよ。
石川さん
その成層圏の菌も、『もやしもん』で描いているんです。「海底火山や成層圏にも菌はいるよ」と。
石川さん
やっぱり、強い放射線に当たってもDNAが壊れない、ずっと子孫が増やせるという耐性がある菌などは、作品を描いた当時にも見つかっていて。これからの研究だろうと思いつつ、ちょっとだけいじったんです。
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過酷な環境にいる酵素をあえて見つけるという話でいうと、天野エンザイムの研究所には「酵素ハンター」という役割の人がいるらしいですね。酵素くん、どんなことをしている人たちなのか、詳しく教えてもらえますか?
酵素ハンターさんたちは、世界中の土壌から微生物を集めて、人類の役にたつかもしれない酵素を探しています。いろんな環境にいる微生物たちを招いて、「君たちにはそこを生きのびるスキルがあるの?」とひとりずつ面接する感じですね! さらにそこから、ある働きをしないと生きていけないような過酷な環境に微生物をさらして、「生きのびる新しいスキルを身につけられる?」ということをやったりもしています。
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そうやって、課題解決に役立つような、まだ見ぬ酵素を探しているんですね。
石川さん
過酷な環境に菌を入れて「君なら水の中からダイヤモンドを生み出せるでしょ」と選択肢を狭めて、出せたら 「なんだ、ダイヤモンドを作れる酵素を持ってるじゃない!」っていうことでしょうから、なかなか過酷な想像をしてしまいました。
思わず頭に浮かんだのが、中世の「魔女狩り」の場面です。水の中にジャブーンって沈めて、「魔女なら死なずに浮いてくるはずだ。死んじゃっても、魔女じゃないから僕らはセーフ!」っていう。そういうやり方で、魔女は一人も見つからなかったんですけども。
どっちにしろ死なせちゃうことになる、残酷な魔女狩りとはちがうとも感じるんです。だって、酵素ハンターさんたちは、菌にはいつも尊敬と感謝の気持ちをもっていますから……実は、天野エンザイムには「菌塚」という菌のためのお墓があるんです。日々の酵素づくりはもちろん、病気を治す抗生物質を探すときなんかでも、過酷な環境で菌には協力してもらっているから、その菌の供養と感謝のために塚をたてて「ありがとうございました」って、毎日おがんでいるんですよ。
石川さん
魔女狩りでは、いずれにせよ最初から殺しちゃうのが目的でしたから、そこはまるで違うところですね。
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海外の研究機関で実験用マウスのために銅像を作っているのを見たことがありますが、菌のようなものにまで命があると思うところに、なんだか素朴な日本らしさを感じました。
そう考えるからこそ、『もやしもん』の世界のように、菌にもスピリッツがあると感じて、語りかけているんです。世の中に役立つ酵素を探している研究者たちの中でも、とってもえらい先生が、「最後は微生物に頼め」とおっしゃっていたんですよ。
石川さん
あぁ、やっぱり!
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酵素の働きや酵素の可能性といった今日の話で、石川さんはどんな感想を持たれましたか?
石川さん
もう、可能性にしかあふれていないというか、見つかれば見つかるほど暮らしやすくなるのかな、と単純に感じました。もしかしたら、「部分やせができる酵素」なんていうのも、実現するのかもしれないですよね。
酵素そのものではなく微生物を使いながらかもしれませんが、腸内細菌を善玉にして、お通じをよくして、結果として健康にやせられるっていう発想なら、実現するのは早いかもしれません。そういう微生物の働きを助ける酵素がきっとあると思いますし、実際に研究されている人もいっぱいいますから。
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石川さんが探求心に突き動かされて勉強されて、わかったことを作品を通じて伝えたいと思っている情熱が大変よくわかりました。
石川さん
僕は教科書をつくっているわけじゃなくて、漫画をつくっているので、結構、楽しんでやれていると思います。専門家が言うと叩かれるようなことも、漫画なんで言えちゃうんです。そこは気楽なところです。
結構、勉強していて面白いポイントが見つかることがあるんですよ。そこさえわかれば、「酵素って何だろう」という難しいテーマであってもかみ砕けるかもしれないです。ほら、相対性理論の講演会で、結局いちばん理解できたのが5歳の子だった、みたい話もありますから。
そう言ってもらえると、はげまされます! 僕たち酵素が生きる世界を、いろんなジャンルの人たちに、いろんな表現でとりあげてもらえると、興味をもつ人たちがふえて未来の可能性も広まっていくと思います。そして何より、研究者の方たちが楽しめると思います。
石川さん
楽しめるのは描いているこちら側です。こういう漫画は研究者の方たちありきなので、これからもぜひ研究を続けてください。そのエキスをいただいて、我々はご飯を食べますので(笑)。
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最後は研究者へのエールまでいただき、今日はありがとうございました。
「子どもたちが石川先生の作品の大ファンで『もやしもん』は全巻持っていて、私も読んでいました!」という社員もいます。こうした人を惹きつける物語の中で、微生物や酵素といった私たち研究者が知っている世界を示していただくのは、本当にありがたいなと思います。
最新作の『惑わない星』でも、アインシュタインの思考実験の話などがわかりやすく出てきました。アインシュタインは、いわば屁理屈でものを考えているんだけれども、「こうだったらこうあるべきだろう」ということを、ああいう相対性理論に落とし込んでいく。そのことで世の中が物理学の世界がガラッと変わりました。
漫画のストーリーで、こうした研究の世界を描くというのは、あらためてすばらしいと思います。
この世界のあらゆる場面で活動する酵素、その新たな可能性を求めて。
現在、さまざまな分野で活躍中の人々のもとを「酵素くん」と一緒に訪ね、お話をうかがうコーナーです。