ごみのない世界は実現するか?<後編>
坂野晶さん(ゼロ・ウェイスト・ジャパン代表)
© World Economic Forum / Ciaran McCrickard
文/神吉 弘邦 (写真提供:坂野 晶)
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バイオテクノロジーや酵素の可能性を、坂野さんはあらためてどう見ていますか。

坂野さん

そもそも私は生き物が好きなので、バイオミミクリー(生体模倣)の技術などを楽しく感じて見ています。バイオ素材には可能性がすごくありますし、繊維産業ほか、いろんな分野でこれから期待できると思いますよ。

新しい素材ができていくこと自体はイノベーティブで、いろんな可能性を秘めていると思うんです。ただ、ごみの分野では、最近になって「バイオプラスチック」という新たな素材との戦いが起こっています。この可能性をどう捉えていけるのか、もっと勉強したいと考えているところです。

バイオプラスチックという名前は耳ざわりがいいから「きっと生分解するんだろう」と思ってしまいますが、問題のある素材なんでしょうか?

坂野さん

やっかいなのは、日本のバイオプラスチックの分類でも「生分解するはずの素材」と「植物由来の素材を使ったプラスチックっぽい素材」の2種類があることです。

しかも「植物由来=生分解」というわけでは必ずしもないし、生分解できる石油由来の素材もあるんですね。そうしたカテゴリーの混乱が大きいです。「バイオ」と書いてあるからって「じゃあ、埋めていいの?」とか「川に流しても大丈夫?」と言えば、まったくそうではありません。

「TEDxAPU 2016」に登壇した坂野さん。
Photographer: Cao Mieu

自然界に残っていってしまうものなんですか。

坂野さん

そうですね。また、単純に「生分解できます」と言っても、いろんなレイヤー(層)があります。海で分解できる、淡水で分解できる、土に埋めて分解できる、コンポストで分解できる……それぞれに難しさのグレードがあるんです。

例えば「紙」はセルロース、つまり植物由来繊維だから、いかにも生分解しそうに感じるけど、紙そのものが分解されるには時間がかかるんです。そのまま放っておいた場合、100年、1000年単位が必要です。でも、紙が土やコンポストに埋もれている状態では、僕たち酵素が頑張って、その分解時間が数年とか数か月単位に短縮されるんですよ。

たしかに、保存状態がいい遺跡から発掘される書物や衣服など、ちゃんと繊維が残っていますからね。

坂野さん

さらに今、日本では「バイオ何%」といった表示をして「普通のプラスチックにバイオプラスチックを何割混ぜました」と複合素材化させた製品もあります。これって、リサイクルの過程からすれば「異物混入」と同じなんです。プラスチックをリサイクルする側からも「どう対応すればいいでしょう?」という問題になっています。

Photographer: Cao Mieu

生分解がされないし、リサイクルも難しいとなったら、ちょっと困りますね。

現在、世の中でつくられている繊維製品などは「耐久性」に力点を置いていますよね。でも、これからのモノづくりでは「分解性」を考えてつくるべきかもしれませんよ。例えば、数年経てば確実に分解するといった素材をどう使うのか。ある種の微生物や僕たち酵素の力を使えば、より分解しやすいでしょうし、そのくらいの発想転換をしてもらえたらなぁ!

坂野さん

社会がバイオプラスチックに本腰を入れるなら、生分解するなら生分解させる手段まで導入する、ちゃんと回収するなら分別回収する仕組みをつくる、というところまでやらないといけないでしょうね。何をするかの “出口戦略” がないまま導入されていっても、なかなか普及は難しいと思います。

それに加えて、経済性の問題が出るとなかなか普及しきれないところがあると思うんです。うーん……そんな人間の価値観をどう変えていけるんだろうか。

生分解といえば、20年くらい前はそんなに注目されなかった海洋プラスチックが今、地球規模で大きな問題になりました。アパレル業界などは自分たちの企業活動にすごく意識的になったし、さまざまな業界に波及していると思うんです。

坂野さん

近年になって「見える化」していったから、余計そうなんでしょうね。もともとあまり見えていなかったものが、誰でも見えるようになっていったというきっかけがあります。

先ほどのいろんなレベルの分解性があるという話でも、海での分解が最初の「一番分解が難しい」レイヤーとして出てきました。

プラスチックをつくる企業側も海で分解されやすいものを開発しているそうだし、プラスチックを分解できる酵素をつくり上げる研究も進んでいるんですよ。大きなプラスチックは分解できないけれど、微細なマイクロプラスチックになったものなら処理できるようにしようとか。そんな新しい酵素が出てきて、世の中で使われるようになったらいいな、と思います。

ごみは人間がいて初めて生まれる

このインタビューコーナーでは、何度か「発酵」がテーマになりました。例えば、「発酵なのか、腐敗なのか」は起こっている現象としては同じで、人間にとっていいか悪いかだけで決まる。それとごみもなんだか似ています。人間にとってのごみ、地球にとってのごみ、あるいは宇宙規模で考えたら、そもそもごみにあたるものってあるんでしょうか。

坂野さん

その「発酵か、腐敗か」という話は面白いですね。そもそも自然界にごみはなくて、人間がいて初めて生まれるものです。やがて使えなくなり、その後の処理もできないものを、わざわざつくるのが人間社会の仕組みなんですね。酵素くんがさっき言ったとおり、分解できるという前提でつくるとなると、もしかしたら自然界のシステムに寄ってくるのかもしれませんが。

坂野さん

そもそも「ごみかどうか」の判断というのは、非常に主観的だし人為的です。だからごみの定義って、実はないんですよ。個人個人が「これは要る」と判断するかどうかの境界線を引いて、ごみにするというのが基本ですからね。

「ごみは人工物」という言葉にハッとしました。最近、英科学誌の『Nature』に掲載された論文(doi: 10.1038/s41586-020-3010-5)では、人類史上で初めて自然物と人工物の比率が逆転して、地球上に人工物の量のほうが多くなったとも聞いています。

建設物などすべてを含めた話だと思うんですが、人がつくったものの重量が、自然界にある生物の重量(1.1兆トン)を超えてしまったという報告でしたね。

坂野さん

やっぱり地球上の人口が増えすぎて、人間活動をすること自体がすでに自然のキャパシティーを超えてしまった面があると思います。食料であれ、衣服であれ、一定の量をつくって、消費ですべてをなくして、またつくらなきゃいけない。そのサイクルには時間がかかるのに、もう仕組みが追い付いていないという。
そうではなく、最近では「リジェネラティブ(再生型)」という言い方をされたりしますが、「再生しながら使い続ける」といった発想へ切り替えが進めばいいなと思います。バイオプラスチックのような素材でも、単に「植物を新たに育てて、それを完全に刈り取ってつくる」ということでなく、例えば、再生速度が速い植物を原料にするとか、他では邪魔者扱いされている植物などをうまく活用するといった掛け算ができるようになるといいですね。

2020年1月の世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で。
© World Economic Forum/Sikarin Fon Thanachaiary

坂野さんは「ごみは人間しか出さない」と言ったけれど、「人間が生きていくには、やっぱりごみが出ちゃう」ってことですよね。ごみとどうやったら共存していけるのか、考えちゃうなぁ。

ごみ=人工物は、人間が生産活動するとできる。それをうまくリサイクルなどで再利用比率を極限まで高めれば、「ゼロ・ウェイスト」に近づくのだと思いました。そんな「ごみゼロの社会」は本当に可能なんでしょうか?

坂野さん

小学生からの質問なら「できますよ」と答えるんですが、企業レベルで聞かれたときには、いろいろな質問を差し返します(笑)。シンプルに回答するのなら、これから私たちがごみが出ないようにする、つくったものをすべて循環させてやっていく社会はつくれると考えています。

「ゼロ・ウェイスト」が実現するには、ウェイスト(ごみ)=資源と捉えることですよね。それがちゃんと回り始めれば、ごみがない世界になる。理想論ですけれど、そのサイクルに酵素が役に立てればいいなと思っているんです。

坂野さん

ただ、地球上を見渡せば、すでに「ごみ」としてつくられてしまったものが大量にありますよね。それはすぐに消えてくれないという意味で、本当にごみがまったくゼロになるには相当な時間がかかるし、もしかしたら最終的になくならないかもしれません。

僕たち酵素の力を利用してほしい

坂野さんから酵素くんに聞きたいことなどはありますか?

坂野さん

まだまだ私は勉強不足なんですが、さっき酵素くんが言ったように、まさにプラスチックを分解する酵素ができ始めているそうですね。またプラスチックを生産したり、リサイクル処理している工場の付近では、そういった酵素を持った微生物が自然発生的に生まれているという話を聞いています。そうやって生まれた、ある種の自然のものをうまく使えたらいいなとも思うんですけど、酵素くん的にはどう考えていますか?

僕たち酵素は、本来は「人間のために何かを分解しよう」とはあまり考えていません。先ほどの「発酵と腐敗」と同じですね。微生物たちは、そこにあるものを生かして活動しているだけ。そうした生命現象は、化学反応がものすごく複雑に絡み合ったものです。そう、生命活動の多くに僕たち酵素が絡んでいるんです。言ってみれば生命の源でもあるし、自然環境の源でもあると思うんですね。そんな僕らを人間が生かして、うまく地球と共存して、仲良くする道はあると思っています。

そう言いながらも今日の酵素くん、人間の傲慢さにちょっと怒っている感じもしましたが(笑)。やっぱり人間って、ちょっと勝手です。自然界のスピードを無視して時間を操ろうとしたり。自分たちで都合のいいように自然を利用したり……。これから酵素やバイオテクノロジーの研究開発でいろんな技術が生まれるでしょうけれど、本来はもっと人間自身が環境のことを考えて、頑張れることがあるかもしれません。

僕たちに期待してもらうのはうれしいけど、人間が行動を変えることできることもがんばってほしいなあと思います。科学の力で解決するよりも、一人一人がごみを出さないようにする、とか、その方が、効果や影響が大きいと思うのです。地球上のいろんな化学反応、自然界のさまざまな現象の中に、僕たち酵素が顔を出しているというのは、きっと人間にとってミステリアスだし、無限の可能性を感じてくれているのはうれしい。僕たちも頑張りますが、人間が僕たちを乱用せずに、ものの命に敬意を払ってくれたらな、と思います。そういったことを考え続けて実践するのが「ゼロ・ウェイスト」の世界につながるのかなと思うんです。

天野エンザイム社内に「菌塚」があるように、見えないものに対する敬いの気持ちって、すごく大事なことだと感じました。最後に、坂野さんのこれからの目標や夢を聞かせていただけますか?

坂野さん

地域ごとにさまざまな取り組み、いろんな人たちのやり方があって、本当に多種多様だと思っています。そこに法整備がバーンと入って引っ張られてうまくいくこと、変わることがあるかもしれませんが、最終的には、いろんな人たちがローカライズやカスタマイズをしながら、ごみの問題に取り組んでいくのが大事だと思っています。そんなことを考えるきっかけを、これからたくさんのところでまけるといいですね。

これまでの回のインタビューでは、いろんな問題は「酵素くんが何とかしてくれるだろう」と思える部分があったんですが、それだけでなく、人間自身も謙虚さをもってごみを減らしてしていく活動をする必要があると思いました。今日は本当に勉強になりました!

■天野エンザイムの感想

坂野さんのお話を聞いていて、社会とは与えられるものでなく、人間がつくっていくものだという感想を抱きました。ごみの問題に対しては「4L」の考え方をもって、ハイテクだけでなく、ローテクで産業をつくりなおしていくことが求められるのかもしれません。
さらに地域社会を再生していくための行動が、これから重要になってくるのでしょう。これは、高齢化といった他の課題の解決にもつながります。世界的に情報発信をしながらも、グローバライゼーションの対極にあるような坂野さんの活動には大いに期待しています。ぜひこれからもご活躍ください。

この世界のあらゆる場面で活動する酵素、その新たな可能性を求めて。
現在、さまざまな分野で活躍中の人々のもとを「酵素くん」と一緒に訪ね、お話をうかがうコーナーです。