text_Hirokuni Kanki
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今日は、土の研究者である藤井さんから「酵素の可能性」をうかがおうと思います。早速ですが、私たちが「土」と呼ぶものは、他の惑星にはなく、地球上にしかないんですよね。いったい、どんなふうにできたのでしょう?
藤井さん
まず、岩からできたのが「粘土」と「砂」です。もう一つは、落ち葉などの植物が腐った「腐植(ふしょく)」と呼ばれるものが土の原料です。木から落ちた葉っぱは、まずはカブトムシなどが食べるような腐葉土になっていき、さらに微生物が食べ、最終的な「食べ残し」が腐植になるんです。
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落ち葉のうち、全体でどれくらいの量が腐植になるんですか?
藤井さん
ほとんどは微生物が分解して、黒い腐植に変わるのはだいたい1 %と言われます。炭素の99 %は二酸化炭素になって大気に還ります。
1 gの土には微生物、細菌だけで50億個いると言われます。それに加えてカビやキノコなどの菌類もいます。ただ、これらは多細胞で動物に近いので、どこからどこまでが一個体かわからないので、数えるのが難しい。あとは古細菌(こさいきん)というのもいて、まとめて土壌微生物と呼ばれる群集が、酵素を使いながら活動しているのが土の中の世界です。
古細菌は、原始の地球環境に近い環境で生息する微生物。古細菌の仲間は土壌中のアンモニア分解などに関わっています。土壌微生物は有機物を分解するためにいろいろな種類の酵素の働きを利用しているんです。
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藤井さんが土の研究を始めたのは、著書のタイトルでもありますが、「世界の人口が将来100億人になったとき、土が私たちを養える生産性を持つにはどうすれば良いか」という食糧危機の解決を考えたからでした。地球の土から生産性を引き出すのは、もう限界なんですか?
藤井さん
大ざっぱに考えて世界には12種類の土があると僕は分類していますが、「肥沃な土」はそのうちの3種類しかありません。食糧生産における土の肥沃度、つまり土の生産力を何が決めているかを考えると、水と栄養分です。落ち葉や腐植に閉じ込められている栄養分の放出には微生物の働きが重要になります。
藤井さん
栄養分が放出されるには、落ち葉を水に溶かす酵素が必要です。私たちの体を例に考えてみましょう。人間の食事を考えると、私たちは口に食べ物を入れて吸収したつもりになっていますが、実は消化器官の「ちくわの穴」に食べ物をおさめただけで、まだ消化・吸収できていない。そのあと、腸内細菌の酵素の力を借りて、なんとか6割ぐらい消化吸収してから、残りを体外に出している勘定です。
例えば、野菜の食物繊維は人の消化酵素だけでは分解できないから、腸内細菌の酵素の力を借りて消化されるんです!
藤井さん
だいたい40億年前に生命が誕生してから今日まで、細胞は「膜透過(まくとうか)」と言って、水に溶けたものしか吸収できない原則があります。植物も動物も微生物も、個々の細胞レベルでは同じルールに従っています。栄養分をなんとか水に溶かす手段が酵素なんです。
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人間の腸内細菌よりも、土の中の微生物たちの酵素のほうが分解能力は高いんですね。
藤井さん
はい、その代わりに時間がかかります。腸内と比べて土の中は酸素が豊富ですが、栄養分が少なく、ライバルも多い。僕の研究では「分解酵素系」と言いますが、1つの酵素だけで成り立つのではなく、いろいろな微生物が力を出しあって落ち葉を分解するという意味では、ソロではなく“オーケストラ”なんです。
藤井さん
土の栄養分の中で最も重要なのが、窒素です。例えば、砂利しかない道ばたにレンゲやクローバー(シロツメグサ)が生えているでしょう。彼らは自分で肥料を作れるんです。マメ科の植物は、窒素ガスからアンモニアを作れる。これは彼らの根っこで共生している微生物、根粒菌(こんりゅうきん)のおかげです。
この菌は「ニトロゲナーゼ」という酵素を持っていて、窒素固定能力がありますから、大気中の窒素ガスをアンモニアへ、つまり肥料に変えることができるんです。
ニトロゲナーゼは窒素分子をアンモニアへと変換する酵素で、むちゃくちゃ難しい反応を行う酵素です。だけども、酸素にはとても弱くて微生物の中の酸素の少ない場所に大事に保管されているんだって。
藤井さん
窒素を固定した植物の落ち葉は、ほとんど水に溶けてくれません。微生物が出すプロテアーゼという酵素がタンパク質をアミノ酸に分解し、そのアミノ酸を微生物が吸収し、アンモニアを放出し、さらに硝化細菌によって硝酸に変換されて……というステップごとに違う酵素が関わります。それによって植物が育つことができる循環があるんですね。
今は「土壌酵素」と呼ばれる酵素を測ることで、「この土がどのくらい良くなっているか」と分析する研究もありますね。
藤井さん
そうです。タンパク質の分解酵素であるプロテアーゼとか、あるいは炭素源を分解するβ‐グルコシダーゼとかの基本的な酵素は、土の微生物活性の指標になります。土の中の微生物や酵素活性を測り、土の管理に活かしている農家もいます。昔に比べて、今はとても安くできますから。
酵素の反応系って、とても複雑です。場合によっては、堆肥は2〜3年寝かせないとちゃんと効かない、ってこともありますから。
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昔の農作業では、微生物たちによる酵素反応が起こるタイミングを、カンだったり、いろいろな経験値から計っていたんでしょうね。
藤井さん
堆肥作りで昔から決まっている手法には、今では科学的な裏付けが得られるようになってきました。有機物が分解するプロセスのほとんどが酵素が関わっている反応ですが、単独の酵素ではなく、いくつもの酵素が、さまざまな違う要因で動いている。土の中には、人間社会のような「ややこしい社会」ができあがっています。
藤井さん
窒素固定能力は、微生物や植物が何億年前から獲得していますが、人間にはありません。だからレンゲや同じくマメ科のクローバーなどに窒素を作ってもらい、それを緑肥として畑にまいてきました。もしくは、それを牛に食べさせ、糞を畑にまいて土を良くしていたんです。
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いわゆる厩肥(きゅうひ)ですね。
藤井さん
でも1910年ごろ、ついに水素と窒素からアンモニアを化学合成する「ハーバー・ボッシュ法」が発明されました。石炭や石油を使ってものすごいエネルギーを必要としますが、人間が酵素なしで肥料を作ることができるようになりました。ちなみに、当時の世界人口は19億人です。
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現在(2019年で77億人)の3分の1以下です。
藤井さん
微生物や植物が生み出す自然の窒素量、ニトロゲナーゼのような酵素によって作られる窒素量は、地球に1億 tぐらいあります。自然界の生物の酵素が生み出した窒素の量によって、土の肥沃度、食糧の生産能力は決まっていました。だから、世界の人口はそれ以上は増えなかったんです。
藤井さん
しかし私たちは今、土に化学肥料を入れて作物を育てる時代に暮らしています。窒素の量が1億 tを超えて、どんどん上乗せされている。そうして、世界の総人口が70億を超え、21世紀中ごろには100億に達しそうです。
藤井さん
ちなみに、肥料をどれくらいまけば良いのかですが、まきすぎても植物はそれを全部吸えないんです。まいた窒素のうち、どれだけ私たちの食糧に回っているか計算をすると、世界平均だと窒素利用効率は40%くらいで、6割は無駄になっているんです。
途上国などでは、今でも「肥料をまくほど生産量が上がって作物が増える」という神話があります。でも、余った窒素は川に流れる。そして、川や湖にどんどん藻が生えて大変になっている問題も起きているんです。
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富栄養化が、化学肥料が環境汚染や生態系のバランスを崩すことにつながっているんですね。それもこれも、自然界にあった量以上の窒素を人間が作り出すことに成功したから……。
藤井さん
水に流れ出すだけでなく、余った窒素が土に残ると、さらに厄介です。アンモニアが硝酸に変わると、土が酸性になっちゃうんですね。「来年また吸収してくれればいいや」っていう簡単な話ではないのです。
土を中性に戻そうと思ったら、石灰(せっかい)をまかなくてはいけません。必要以上の窒素をまき、その対策に石灰をまく。農家は二重にお金を無駄にすることになる。
石灰の話とは別だけど、過剰投与されているリンも問題。リンの中には土壌で植物に吸収されにくい形のものがあって、植物がリンを上手に利用するためにはフォスフォターゼという酵素が活躍するんです。
藤井さん
人類はとりあえず、食糧危機に対して窒素の問題だけはクリアしました。リンの問題だとか、カルシウムの問題だとかいろいろあるんですけど、そういった他の栄養分の問題で、土の生産性が制限されています。
それに、水の問題はずっと残っていますね。どちらかというと、窒素は「増やしすぎると環境を汚染してしまう」という意味から、人類の健全な成長を妨げてしまいます。
窒素が過剰になっているという話、それが環境汚染につながっているという話は、すごく心配。僕たち酵素が活躍できる出番があるとうれしいです。
藤井さん
炭素だと地球温暖化などでわかりやすいので、例えば「炭素税」などのアイデアが出ますよね。でも、窒素の問題はそんなにピンとこない。肥料以外にも、腐植に閉じ込められている窒素もあります。この窒素を酵素の力で分解してうまく利用できれば化学肥料のムダを減らせるので、そうした技術も研究しています。
→<後編>に続く
長年にわたって土を研究している藤井さんも、「土の中の微生物のはたらきは非常に複雑」と言います。人類が酵素を発見したのは19世紀になってから。有史以前にさかのぼって、酵素が誕生したときの様子を「土」の歩みから探ってみましょう。
この世界のあらゆる場面で活動する酵素、その新たな可能性を求めて。
現在、さまざまな分野で活躍中の人々のもとを「酵素くん」と一緒に訪ね、お話をうかがうコーナーです。