活発な微生物として、世界中を豊かにしよう<中編>
河野和義さん(八木澤商店会長)
河野通洋さん(八木澤商店社長)
天野源之さん(天野エンザイム 代表取締役社長)
 
 
「地域の中で一社も潰すな、一人の雇用も切るな」っていうのがスローガンで

河野社長は、本当になにもない中で、「やるんだ」って言えたのはどうしてですか?

河野社長

震災の前から、このまま地域が衰退していくっていうのはデータでわかっていました。農業に関しても、自分たちでつくる米の原価を見て、もう原価以下で販売されているので。そんな中で、地域でエネルギーと食料が自給自足できて、産業があれば、自立的に持続可能な社会がつくれるっていう構想はあって。地元の中小企業を集めて勉強会を始めてたんですよね。二十数年前からですね。

「地域を衰退させた、諸悪の根源はおれたち中小企業の経営者だ」が原点なんですよ。世の中や政治が悪いとか言っていると、何一つ解決できない。でも一社で無理なことも、複数社で集まると可能になったり。こっちの会社でできないことを、こっちの会社で解決することが仕事になったり。地域の中で網の目のように、蜂の巣型の経営でやろう、みたいな運動を始めて。

地域の中で「一社も潰すな!一人の雇用も切るな!」がスローガンだったんですよ。リーマンショックの時にそのスローガンができて、旗振り役をやっていた。でもその後、震災の津波で8割を超える会社がなくなった。だからと言って自分がやめるわけにいかないですよね。だから津波のきた晩に、焚き火を囲みながら、ちょうど幹部社員がそろっていたので「やるぞ」って言う話をして。父に「俺がやるから」って言って、経営権も代表権も全部引き継いだ。

河野会長

3月11日に津波があって、4月1日にこいつが社長になった。

河野社長

だから、地域の仲間は、「お前は震災のどさくさに紛れて経営権を強奪した大悪人だ」っていうふうに言うんです(笑)。新入社員の内定も決まっていたんですが、その時はもろみが見つかる前だから醸造業が再開できるかもわからない。それでも「何もない会社だけど、入ってくれるか?」って聞いたら、入ってくれると。それに対して周りの人が「いれる方もいれる方だけど、入る方も入る方だよね」って(笑)

まさに地域の命を、醸造業としてつないでいたんですね…

河野会長

もろみが見つかったのは4月6日なんだ。でも電話が通じないから、見つかったのを知ったのは4月20日なんだよなぁ。

純粋培養より、いろんな微生物の調和によって生まれる発酵っていうのが、いい発酵だと思ってる。

河野社長

もろみが見つかったって電話かかってきた時、「生きてんだよ〜」っていうから「よかったね、そっちも大変だったろうけど生きてんだ〜」って言ったら、「いや、お前んとこの菌が生きてんだ」って。「もろみが生きてる」言われて。あと、「どうせそっちもてんてこまいで、身動きできないんだから、あとはこっちでやっとくからっ」て言ってくれて、県に申請して予算をもらってくれて。見つかったもろみを4kgから200kgに拡大培養してくれて。

なんてやさしい仲間なんだ…そしてそんなに、増やせるものなんですか。

河野社長

そうですね、もろみを新たに仕込んで、そこに見つかったもろみを4kg入れたわけですね。そうするともろみの中で菌が増えていく。

河野会長

「そのもろみの力を信じてこのまま2年間寝かせよう」っていって。あれはギャンブルなのよ。それが成功したから“奇跡の醤”ができた。

河野社長

そうですね、弱くて、心配だったんだけど。たとえば、見つかったもろみのなかから、酵母と乳酸菌をいいやつだけ選抜してあとはそれを純粋培養して増やしたものもあったんです。でも、“奇跡の醤”は、選抜せずに、そのままもろみを入れただけで。

なにもコントロールせずに。

河野社長

そうです。だからいいのだけを選抜して、大谷翔平ばっかりを集めたチームをつくったのと、大谷翔平はいるわ河野和義はいるわみたいな、え!っていう状態のもろみをそのまま入れて。混合のやつは、絶対的に元菌数で言っても少ないわけですよね。10トンの中の400kgとかなんです。どうかなーと思って。まぁ静かで。声もしない。夏場もあまりプクリとも言わない。あらら、と思って、ふた夏を越して。「いやーもうそろそろ絞んなきゃだなぁ」って絞って、それで火入れをしたときに、「あ、これはウチの香りだ!」ってなって。

プクプク、プチプチ言わなくても、ちゃんと頑張ってたってことなんですね。

河野社長

そうなんですねぇ。圧倒的に弱かった、つまり、元菌でいうと数が少なかったはずなので。でも、頑張って増えて、その発酵環境をつくって。そうしたら2年後に八木澤商店ならではの香りが戻ってきた。うちの香りだねって言って。工場長と二人で。

河野会長

うれしかったのは、孫がね、「あ、ウチの味だ」って。まだちっちゃい孫が。

河野社長

そう、子どもの方が舌が敏感で。黙って料理に使ったんですよね。奇跡の醤って言わないで。でもこどもはわかって。

わあ…いろんな菌がいた方が、いいものだけ選抜して純粋培養した菌より、いい結果が出たりするんですね。

河野社長

地域のこどもたちにそれこそ発酵を教える時は、あまり難しい話はしないけど、こういうんです。「発酵って微生物の力で、見えない力なんだよ。見えない力でね、いいものに変えていく力があるんだよ。そこにはいい菌もあったり悪い菌もあったり、強い菌もあったり弱い菌もあるんだけど、純粋培養するという考え方よりは、いろんな、多種多様な微生物の調和によって生まれる発酵っていうのがいい発酵だと思ってるんだ」っていう話を子どもたちにすると「はぁ〜」みたいな。

素敵な話ですね。悪玉菌を追い出すとかじゃなくて、一緒に。

河野社長

そう。追い出すじゃなくて、一緒にいる。だから、「おじさんはこの中でいうと悪玉菌なんだよ」みたいな(笑)「でも一緒にいさせてもらえるんだ」みたいな話をすると、「はぁ〜なるほど」みたいな。子どもたちにわかりやすい形で。宇宙の中で言ったら自分たちも微生物なので。

ちなみに天野エンザイムにとっては、生産している菌はすごく宝なので、そのまま世に出せないっていうのがあるんですけど、醤をそのまま販売してしまった場合って、同じ醤油をつくられてしまうとかないんですか?

河野社長

さっき言ったように、いろんな力の微生物の複合体なので、すごくいい菌がひとつあって、それを純粋培養しているのであれば真似されやすいのですけど、複合体の調和によって生まれたものなので、これを真似するコストは誰も考えられない。それが看板である「奇跡の醤」です。もろみの中で生まれた酵母と乳酸菌だけを使っているんです。

そのもろみはずっと増やし続けているということですか。

河野社長

そうですね、継代培養といいまして、繋ぎ続けている。

お醤油づくりの過程でも、酵素が働いていますね。

河野社長

酵素っていうのは微生物が、うちでいうと麹菌が生み出すものですが。酵素の中でも、タンパク質を分解する酵素と、デンプンを糖化させる酵素があって。お酒の場合だと極端にいうと、タンパク質を分解させる酵素はいらないわけですね。だからデンプンを糖化させることを極めた酵素をつくりだす麹が必要なんですけど。我々は大豆のタンパク質を分解させてうまみ成分、アミノ酸に変えるという仕事がすごく大事なので、この酵素のバランスが肝なんですよね。

醤油とお酒をつくるのは同じアスペルギルスでも、ソーヤ(Aspergillus sojae)とオリゼー(Aspergillus oryzae)で違っていて。オリゼーの方はタンパク質も分解するけれども、醤油の方はそこまでデンプンを分解しなかったり、発酵中でもアミノ酸はなるべく分解しないような菌が使われていたりするんですよね。昔の人は酵素って存在がわかってなくても、だんだん、身体にいいとか美味しいように発酵する菌を選んできたんですね。

河野社長

ちゃんと選んで。焼酎にしても、どうしても暑い地域でつくるときには、腐敗してしまうものを、ちゃんと麹菌を選ぶことによって、クエン酸を出して自己防衛するお酒をつくっている。佐藤の黒とか黒霧島とかは、黒麹を使っているから「黒」って謳ってるんですよね。黒麹とか白麹とか出てくる酵素が全然違うので、微生物と酵素っていうのは切っても切り離すことのできない世界ですね。

その見えない力に、ご先祖様たちはよく気づきましたね。

河野社長

ほんとそうなんです、ほんとにすごいと思う。

天野社長

日本人の観察力ですね。科学的なバックグラウンドなしに、現象から選んでいるだけですから。特に麹菌はそうなんです。
日本の麹菌は、酵素生産性において世界的に見てもきわめて優秀で安全な菌なんですよ。近年ゲノム解析が進んで、それが科学的にも裏付けられましたが、大学の先生が面白い表現をしていて、「狼が犬になったように、麹も家畜化されたんだ」と。何百年もかけて蔵の中で大切に育てられるうちに、人にとってより有益な菌になった。先人たちが代々、いい麹を選び続けてきた結果なんです。

河野社長

すごいですね。
ご先祖様たちの積み重ねですね。

天野社長

麹菌を売っている会社は日本に数社しかないですからね。それらの会社は600年の社歴があるんですよ。ゲノムでそのことがわかったのはたった20-30年くらい前なんですよね。そのはるか昔から気づいていた。

こだわってるんじゃない。
これが、ほんとうは当たり前なんだ。

河野会長

昨日、工場でもろみを絞っているところをなめてもらって。

美味しかったです。これはそのまま買えるんですかって思わず聞いてしまいました。そのままごはんにのせて食べたい。

河野社長

いまちょっと企画を考えていて。CAMOCY(カモシー)という発酵テーマパークが陸前高田にはあるんですが、そこで販売する限定商品がほしいって言われて。工場長が「うーん、面倒くさいけど…やるかー」って。

やっぱりちょっと面倒くさいんですか(笑)

河野社長

そうですね、自重で絞ったもの、無理にプレスしてないものを採って、それ専用にしようっていう。一番搾りで、無濾過で、プレミアムで。通常の何十トンというラインの中からはずさなきゃいけないので、ちょっとだけ面倒くさい(笑)

ちなみに取引があると言われていた、フランスのシェフの方は何を使われているんですか。

河野社長

いろんな種類の醤油が使われていますけど、フランスでメインで使われているのは再仕込み醤油です。一旦お醤油を絞ったものに麹を加えたものが今いちばん使われていて。濃いんですよ。

向こうのお料理に合うんですね。

河野社長

そうみたいですね。あとは鰹節が輸出できないので、白だしが人気です。それは味のベースとしていろんな人が使っていますね。
だからうちが無添加なのが、喜ばれていて。全部クリアしてフリーパスなので、日本で売っているそのままのものをあっちに持っていって売れるので、そういう意味ではものすごく手間はかからないですし。

さっきのお話じゃないですけど、大事なものをちゃんと、何か見極めていたら、時代がついてきたということですね。

河野会長

どっちみち小さな会社だから。最初は「こだわっている」っていう言葉が好きで使ってたけど、とある得意先の社長に言われた。「お前がこだわっているんじゃなくて、まわりが狂っているんだ。本当のものに挑戦しているんだから、こだわりなんて言葉使うな」って。それからこだわりという言葉を使うのをやめた。取材の人が「こだわってますね」と言ってきても「違います」と。

「こだわりじゃなくて当たり前なんだ」とも、おっしゃってましたね。

河野会長

当たり前。当たり前のものが当たり前に通用しなくなってきた。とくに食の世界は。

おふたりは、これからの当たり前を作っている感じがします。

経営理念は、経営者のためにあってはならない。

掲げている経営理念が素晴らしいのですが、これは働いているみなさんで決めたというふうに伺ったのですが。

河野社長

そうですね、原文は自分が考えて、それをみなさんとディスカッションしながらテコ入れしていただいて。

河野会長

その会議に、俺は意地張って全然出てないの。だから朝礼の時、俺だけ覚えてなくて。みんなは暗唱しているのに。

この、“食を通して感謝する心を広げる”っていうのがいいですね。“食を通して”っていうところが八木澤さんならではで、でも広げたいのは“感謝の心”なんだなあ…

河野社長

経営理念っていうのは基本的には不変であるものだと思うんですよ。時代が変わったとしても変わらないものが経営理念で。時代とともに変わっていくのは、その理念をベースにした、経営方針や経営計画。

経営方針は基本的には5年で見直すっていうのを自分の中で決めていて、社員と相談しながら変えていくんですけど。そこが目標ではなくて、その先にある、社会をどうつくっていくかっていうのがベースにあって。

実は八木澤商店の経営理念をみて、うちの親戚の方が「八木澤商店の経営理念は、我々の街の理念になる。だから私が手書きするから」って、わざわざ書いてくださって。その方の名前がちゃんと裏にある。その方は津波で亡くなるんですよ。でも、そういうふうに言ってくれた経営理念だっていう誇りが、自分達のバックボーンにはあって。

河野社長

もうひとつ、経営理念は経営者のためにあってはならない。経営者の手段ではない。そうじゃなくて、仕事していれば嫌なことも、辛いことも、悲しいことも起きるんですけど、そういう気持ちになったときに経営理念を見て、おれたちはこのために汗をかいている、このために涙を流しながら仕事をしているんだっていうのが自然とわかれば、それが活力につながっていくだろうという考え方なので。

河野会長

だから最初、俺が猛反対したのは、いま言った「経営者のための理念」っていうふうに思っていたから。でもね、みんなが復活して、第一回目の『奇跡の醤』ができたとき、「あの経営理念をつくっていてくれてありがとう」って言ったの。あれだけ猛反対した俺が。この経営理念を守ったら、また100年200年の歴史をつくれるかもしれない。

みんなの心が支えられているのを感じたんですね…
ここに書いてある、“醤の醸造文化”っていうのはどういうものなんですか。

河野社長

醤っていうのは、音読みで言うと「ショウ」ですよね。ハムとか肉醤になりますし、魚醤もそうですけど、漬物は草醤になります。だから我々が扱っているものは穀醤になるんです。
我々はやっぱり本業で、微生物の力をつかって保存性の高い食物をつくっていくっていうことをきちっと守りながら、そこを新たに進化させていく。

それを命の環と表現されている。

河野社長

それで循環させていくという。なので、醤油粕を田んぼに戻したり、地元の豚の餌にして、それをレストランで使って。そしてお米は味噌の原料として還ってくる。そうやって命の循環が生まれている。今、結果としてそう言う形になっていますけど、理念がなかったらそういうふうにつながっていかないですよね。

確かに。理念があるからそういう工夫も生まれてくるということか。

河野会長

お役人さんは、醤油の絞り粕は産業廃棄物という扱いをするの。

そのくくり、嫌ですね…

河野会長

ところが、もともと食べ物で添加物も入っていないから使えるって言ったら、飼料の業者が餌にする。牛は必ず塩をつけるから。

八木澤さんの醤油粕を食べたら、お肉がおいしくなりそう…

この世界のあらゆる場面で活動する酵素、その新たな可能性を求めて。
現在、さまざまな分野で活躍中の人々のもとを「酵素くん」と一緒に訪ね、お話をうかがうコーナーです。